
スマートエデュケーション大澤です。
最近、「スウェーデンが脱デジタルに舵を切った」というニュースを目にする機会が増えました。ICT先進国として知られるスウェーデンが、幼児教育におけるデジタル活用を見直している。そうした報道を見て、「やはり乳幼児期にデジタルはよくないのではないか」「保育にICTは必要ないのではないか」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。
私自身、全国の園でKitSの研修を行う中で、乳幼児教育におけるICT活用について先生方と考える機会が多くあります。そのため、この話題については以前から関心を持っていました。
そうした中、5月16日・17日に開催された日本保育学会第79回大会で、まさにこのテーマを扱う自主シンポジウムに参加する機会がありました。タイトルは「スウェーデンの就学前学校における子どもとデジタル ― 2025年カリキュラム改訂から得られる示唆」です。
私は今回、別の自主シンポジウムで話題提供者として登壇させていただいたのですが(その様子はまた別の記事でご紹介したいと思います)、参加者として聴講した中では、このシンポジウムが特に印象に残り、大変勉強になりました。
本当にスウェーデンは「脱デジタル」なのでしょうか。そして私たちは、乳幼児教育におけるICTをどのように考えればよいのでしょうか。
今回の記事では、日本保育学会での議論を振り返りながら、スウェーデンのカリキュラム改訂が私たちに投げかけている問いについて考えてみたいと思います。
スウェーデンにおける教育のデジタル化の背景
スウェーデンは、世界的に見ても教育のデジタル化を積極的に進めてきた国です。2018年の就学前学校カリキュラム(Lpfö18)では、デジタル化が進む社会に対応するため、幼児期からデジタル技術を理解し、活用する基礎を育むことが盛り込まれました。
カリキュラムでは、子どもが「デジタルツールとは何か」「社会の中でどのように使われているのか」「自分の生活とどのように関わっているのか」を理解する経験を持つことが目標として明記されています(ここでいうデジタルツールには、タブレット・コンピュータ・カメラ・プログラム可能なおもちゃ・デジタル顕微鏡などが含まれています)
ここで注意が必要なのは、もともとスウェーデンは単に「デジタルを導入すること」を目指していたのではないということです。デジタル機器を単なる視聴のための道具ではなく、表現・創造・協働・探究・発信などのための道具として使うことを重視していました。こうした方針のもと、保育現場ではタブレットやデジタル顕微鏡の活用やデジタル絵本づくり、プログラミング玩具の導入など多様な実践が広がっていきました。
また、子どもがデジタル技術に接する際には、情報を鵜呑みにしないこと、メディアを理解すること、安全に利用することなどの基礎を育てることも求められていました。
例えばデジタル作品を見て「これは誰が作ったのか」「写真と本物は同じなのか」
「人を傷つけない使い方とは何か」などの対話を通じて、子どもがデジタルとの関わり方を考える機会を持つことも重視されていたのです。
もう一つ重要なのは、子どもにデジタルを経験させる前提として、保育者自身のデジタル・コンピテンシーが求められていた点です。保育者がデジタルツールを教育的に活用し、活動の質を評価することも重要な要素として位置づけられていました。
デジタルコンピテンシー:学習、仕事、社会への参加のために、デジタル技術を自信を持って批判的かつ責任を持って使用し、関与すること。
では、なぜ改めてデジタル活用が見直されることになったのでしょうか。
2025年のカリキュラム改訂は本当に「脱デジタル」なのか
2025年のカリキュラム改訂では、スクリーンタイムの抑制や紙での読書を重視するなど、アナログ回帰とも受け取れる方針が示されました。その背景には、WHO(世界保健機関)が乳幼児期のスクリーンタイムについて健康面への懸念を示していること、PISAの結果が芳しくなかったこと、政権交代による教育政策の転換などがあるとされています。
こうした動きは、日本でも「IT先進国スウェーデンがデジタル教育をやめた!」「スウェーデンはデジタル教育が失敗だったと認めた」などとセンセーショナルに報道されました。
しかし、自主シンポジウムで国立教育政策研究所の矢崎桂一郎氏が示していたのは、今回の改訂は単純な「デジタル否定」ではないという見方でした。確かに新しいカリキュラムには、「教育で用いる学習ツールは主としてアナログである」ことや「2歳未満についてはアナログ学習ツールのみを用いる」ことなどが明記されており、アナログな経験を重視する方向に修正されています。一方で「デジタルツールの使用を禁止する」とは書かれていません。むしろ「科学的根拠と教育的付加価値がある場合に限定して使用する」と表現されています。
矢崎氏も、今回のカリキュラム改訂は単にデジタルを回避するものではなく、学びの道具の一つとしてデジタルを位置づけ直すものと解釈できると述べていました。
つまり、「デジタルかアナログか」という話ではなく、
子どもの学びにとってどんな意味があるのか
どんな経験を生み出しているのか
どんな相互作用が起きているのか
という視点から、適切な環境を用意するというごくごく当たり前の話なのです。
スウェーデンの議論とKitSが大切にしてきた視点
今回の自主シンポジウムでスウェーデンのデジタル教育について聞きながら感じたのは、この議論は、私たちKitSが10年以上にわたり園の先生方と考え続けてきたことと重なるということです。
KitSは、子どもが一人でタブレットに向かい、文字や数字を学ぶための教材ではありません。ICTに習熟すること自体を目的としているわけでもありません。ハサミやクレヨンと同じように、遊びの中で自然に使われながら、「やってみたい」「伝えたい」「表現したい」という子どもの気持ちを広げるための道具として位置づけています。
今やほとんどの家庭にスマートフォンが普及し、子どもたちは家庭でスマートフォンやタブレットに触れる機会を多く持っています。動画を見る、ゲームをする、写真を撮るなど、デジタル機器はすでに生活の一部になっています。そのため、園でICT活用を検討するにあたっては「家庭でもタブレットに十分触れているのだから、園でまで使う必要はないのではないか」という意見を聞くこともあります。
しかし「タブレット」を「クレヨン・ハサミ・絵本」などに置き換えて考えると、「家庭で使っているから園では必要ない」という話にはなりません。
それはなぜでしょうか。
園には「子どもたちにどのような経験を保障したいのか」「園での体験をどのような学びや育ちにつなげたいのか」という願いや教育的意図があります。その願いや意図に基づいて、先生方は環境を構成し、素材や道具を選び、子どもと関わっています。つまり、クレヨンや絵本は単なる“モノ”ではなく、「どんな経験につながるか」という視点で園に存在しています。ICTも同じように語られてよいはずなのではないかと思うのです。
私たち大人は、効率よく調べ物や仕事をしたり、動画やゲームで気分転換をしたりするためにICTを使うことが多くあります。もちろん、そのような用途だけを前提にすれば、園で子どもが使う道具としてふさわしくないと感じることも理解できます。
しかし、それはICTの一部の使い方にすぎません。
デジタル技術によって、アナログだけでは難しい表現が可能になることがあります。対面でのコミュニケーションが苦手な子どもが、デジタルを介することで自分の思いを表現しやすくなることもあります。肉眼では見えないものが見えることで、観察や探究への関心が高まることもあります。
実際、私たちが園で見てきたICTの姿は、大人が日常的に使っているICTとは大きく異なります。例えば、園庭で見つけた虫をデジタル顕微鏡で拡大し「足がこんなふうになっている!!」とお友達同士で驚き合う姿。紙に描いた絵をデジタルで動かすことで、「もっと作りたい」と意欲的になる姿。そこにあるのは、受動的なスクリーン視聴ではありません。探究・表現・対話といった、本来の乳幼児教育で大切にされている姿です。
KitS導入園での子どもたちの姿や先生方の丁寧な環境設定を見ていると、ICTについても、「あるべきか、ないべきか」という二項対立で考えるのではなく、
どのような遊びを生み出しているのか
どのような対話が起きているのか
子どものどのような表現や探究につながっているのか
という視点で検討することの重要性を感じます。
子どもたちの生活にデジタルが広く入り込んでいる以上、園としてもその影響や可能性に向き合うことは避けられません。大人一人ひとりがしっかりと向き合っていかなくてはいけないのではないかと思います。
おわりに
スウェーデンの政策転換も、単純な「脱デジタル」ではなく「デジタルを子どもの学びの文脈の中にどう位置づけ直すか」という問いとして見ると、また違った景色が見えてきます。
乳幼児教育におけるICT活用を考える際に重要なのは、デジタルかアナログかを対立的に捉えることではありません。子どもたちの「もっと知りたい」「やってみたい」「伝えたい」という気持ちを、どのような環境や道具によって支えていくのか。その中で、ICTを含むさまざまな道具を、保育の中でどのように意味あるものとして位置づけていくのか。今回のシンポジウムは、その点を改めて考える機会になりました。
これからも、子どもたちの姿を起点に、子ども主体の保育とICTのあり方を、全国の先生方と一緒に考えていけたらと思っています。
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