
こんにちは。スマートエデュケーション大澤です。
みなさん、もう『トイ・ストーリー5』はご覧になりましたか?前作から7年ぶりとなるシリーズ最新作。そのテーマは、なんと「子どもとデジタル」です。
予告編はこちら。
暗闇でタブレットの画面に夢中になる子どもたち。打ち捨てられるおもちゃ。「みんながタブレットに支配されている!」というウッディのセリフ。センセーショナルな場面が続きますが、現代の子どもの姿を見つめる園の先生や保護者の漠然とした不安をよく表しているようにも感じます。
一方で、こんな疑問も浮かびました。「ピクサーがデジタルを悪者にする映画を作るのか??」
というのも、『トイ・ストーリー』は世界初の長編フルCGアニメーションであり、映画そのものが最先端のデジタル技術から生まれています。もしデジタルがなければ、私たちはウッディやバズに出会うこともなかったわけです。そんなピクサーが、「子どもとデジタル」をどう描くのか。アプリ開発をする立場として絶対に観に行かなくては!と思い、劇場に駆け込みました。
映画を観終えて感じたことは、デジタル時代を生きる子どもたちに真正面から向き合った素晴らしい作品だ!ということです。ということで、この映画を観て感じたことをまとめてみたいと思います。
※ここから先は本編の内容に触れます。映画を観る予定のある方は、鑑賞後にお読みください。
「ゲーム」と「遊び」は何が違うのか?
主人公のボニーは、お人形遊びが大好きな女の子。自分で物語を考え、豊かな想像力で自由に遊びを広げていきます。一方、少し内向的でお友達づくりが得意ではありません。そんな娘を見て、両親は「友達づくりのきっかけになれば」と、子ども向けタブレット「リリーパッド」をプレゼントします(迷いながら購入する両親の姿も、とてもリアルでした)
リリーパッドを手にして大喜びのボニー。ダンス教室のお友達ともオンラインで無事につながり、お泊まり会に誘われます。対面ではなかなか話しかけることができなくても画面を通せばコミュニケーションができる。これはデジタルの良い側面でもありますね。
ところが「これで友達ができる!」と期待したのも束の間、お泊まり会では同じ部屋にいながら、それぞれがタブレットを手に画面を見つめるだけ。顔を見て話すことも、お人形では遊ぶこともしません。楽しみにしていたはずのお泊まり会なのに、ボニーは寂しさを感じてしまいます。ちなみに私は「お泊まり会にリリーパッド持って行かないで〜!」と祈りながら観ておりました(笑)。
さて、その頃ジェシーは紆余曲折を経て、遠く離れたブレイズという女の子の家にたどり着きます。そこで出会うのが、初期のデジタル知育玩具・スマーティーパンツです。ジェシーはボニーの笑顔を奪ったデジタルが大嫌い。スマーティーパンツにゲームを勧められて、こう言います。
これは「ゲーム」であって、「遊び」じゃない!
このセリフが、とても印象に残りました。では、「ゲーム」と「遊び」は何が違うのでしょうか。
多くのゲームには、あらかじめ用意されたゴールがあります。「敵を倒す」「ステージをクリアする」「高得点を目指す」。どんなに自由度が高く見えても、開発者によって設計されたルールや物語の中を進んでいきます。もちろん「ゲームが悪だ」というわけではありません。ゲームの良さもたくさんあります。
一方、この映画で主に描かれる「お人形遊び」は様子が異なります。途中で新しい登場人物が増えたり、お話が突然変わったり、一度中断して別のおもちゃを持ってきたり。物語の進行をコントロールするのは子どもたち自身。ゴールも決まっていません。「こんなことをしたら面白いかも」「次はこうしてみよう」。そんな試行錯誤の積み重ねが遊びになっていきます。
Scratchの開発者であるミッチェル・レズニックは、このように、試行錯誤を繰り返しながら遊び、学ぶ姿を「ティンカリング」と呼んでいます(詳しくはミッチェル・レズニックの著書『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』を読んでみてください。おすすめです!)「ティンカリング」には、「正しい答え」も「最短ルート」もありません。寄り道も、失敗も、偶然の発見も、すべてが学びになる。子どもの創造性は、このような遊びの中で育まれていくのです。
デジタルが「透明」になるとき
物語の後半になると、リリーパッドはGPSやWi-Fi、チャットなど、さまざまな機能を使っておもちゃたちを助けます。不思議なことに、その頃には、もうジェシーたちはリリーパッドがデジタルであることを意識していません。なぜでしょうか。それはリリーパッドが画面上の仮想体験を提供するものではなく、現実に起きている問題を解決する「道具」になっているからです。
これは私たちが目指したいICTの姿にも重なります。子どもがタブレットで遊ぶことが目的ではない。現実の世界でいろいろな発見をしたり、友達と相談したり、表現したりする。その体験を記録したり、拡大して観察したり、共有したりするためにデジタルを使う。デジタルはアナログの体験を豊かにする存在であってほしい、と思っています。

保育・教育現場だからこそできる「デジタル体験」を
映画では、「子どものためになっていない」と罪悪感を感じたリリーパッドが、自らボニーの元を離れたことをきっかけに事態が好転していきます。しかし現実のタブレットは、リリーパッドのように自分で気づいてくれることはありません。その役割を担うのは私たち大人です。
デジタルを禁止することでも、自由に与えることでもなく、どうしたら子どもたちの体験が豊かになるのかを設計すること。私たちKitSが目指しているのも、まさにそこです。保護者の啓蒙もとても重要だと感じますし、保育や教育の専門性を土台にデジタル体験を設計していく必要があります。難しいですが、しっかりと向き合わなくてはいけないと思います。
実は、最後に仲良くなったブレイズとの関係も、オンラインから始まっています。デジタルをきっかけに出会った二人は、その後、一緒にお人形で遊び、笑い、新しい物語を作っていきます。そして必要な場面ではリリーパッドも自然に使われます。最後の結婚式では、BGMを流す音楽プレーヤーとして活躍していました。
『トイ・ストーリー5』は「デジタルを使うこと」を否定しているのではありません。デジタルだけで完結する体験と、現実の遊びを豊かにするデジタル体験の違いを描く映画でした。
子ども向けアプリに携わる立場として、『トイ・ストーリー5』には何度もうなずかされました。私たちがKitSで大切にしている「デジタルは目的ではなく、子どもの遊びや探究を支える道具である」という考え方と、どこか重なるものを感じたからです。
『トイ・ストーリー5』が描いていたのは、「デジタルを使うか、使わないか」という話ではありませんでした。現実の世界で遊び、人と関わり、その体験をさらに豊かにするためにデジタルを使うこと。その姿こそが、これからの子どもたちに必要なデジタルとの付き合い方なのではないでしょうか。


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