• 監修

21世紀型の幼児教育を考える
東京大学大学院情報学環 教授 山内祐平氏

未来を生きる子ども達に必要な
「21世紀型スキル」。

–世界変動の荒波に飲まれながら生きていかなければならない、21世紀の子ども達。そんな子ども達の未来を考えたとき、教育が大変重要であることは明確です。21世紀の社会変化に対応するためには、どのような教育が求められるのでしょうか。

グローバル社会を生き抜くために必要な能力として、今「21世紀型スキル」という概念が世界各国の教育機関で注目を集めています。この概念は元々、1990年代後半にアメリカの多国籍企業の要求から生まれたものですが、社会の変化が激しくなる中で、「従来の学校教育で育成されてきた能力だけでは、グローバルな環境で生き抜いていくことが難しいのではないか」、「21世紀に生きる子ども達には新しい能力セットが必要なのではないか」というところから、議論が発展していきました。

現在はATC21S(Assessment and Teaching of 21st-Century Skills)という国際的なNPO団体が中心となり、マイクロソフトやインテルのような多国籍企業とアメリカ政府、オーストラリアなどのいくつかの国の政府も入った多国籍の枠組みで、将来必要なスキルはどのようなものか、学校教育のなかでどのように育てていけばよいのか、などについて研究が進められています。

–「21世紀型スキル」とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。

ATC21Sでは、21世紀型スキルを以下の4つの分類からなる10のスキルに整理し、提案しています。

これまでの教育は「一度社会に出て職に就くと仕事は変わらず、専門性は積み上げていくもの」という前提で、カリキュラムが組まれてきました。しかし、21世紀の社会では仕事の内容は常に変化し、キャリアもどんどん変わっていきます。この「21世紀型スキル」は、どんな仕事に就いたとしても、またその仕事がどのように変化したとしても必ず役に立つ、「転移可能」な能力として定義されています。

例えば、「Ⅰ.思考の方法」のなかの「創造力とイノベーション」については、日本の学校教育では目標とされてきませんでした。しかし、「新しい価値を生み出すことがどれだけ重要か」というのは、社会に出ると、嫌というほど思い知らされます。国際社会で活躍するためには、正しいと分かりきっていることを覚えたり学んだりするだけではなく、新しいことを生み出す力こそ求められていくのです。

また「批判的思考」は、手に入れた情報が本当に正しいのか、問題の本質は何なのかを深く考える力であり、「学びの学習」は、教えられることを単に受容するだけではなく、なぜこれを学ばなくてはならないのか、どうすれば深く学ぶことができるのか、というのを自分で考えることで成長につなげていく力です。これらのスキルについては、これまでの教育においても重要だと主張されてきましたが、教科内容に比べると、オプションのような存在でした。しかし「21世紀型スキル」では、こういう力こそが重要になるとされています。

次に「Ⅱ.仕事の方法」は、「コミュニケーション」と「コラボレーション」の2つに大きくわかれています。「コラボレーション」はチームワークのことですが、特にIT系企業では専門性の違う人達がチームを組んで、新しい付加価値を作り上げるのが仕事の本質になります。いくら自分の能力が高くても、人とチームを組んで働くことができなければ、組織の中で生きていくことが難しいのが21世紀という時代です。

そして「Ⅲ.仕事のツール」は、情報に関するスキルです。今の時代、情報やITを切り離して仕事をすることはできません。色々なITデバイスを操作して必要な情報を手に入れるだけではなく、「ネット上の情報のどれが自分に役立つものなのか」、「その情報がどのような文脈で作られているのか」、「どの情報が信頼できて、どれは疑うべきなのか」ということをしっかりと理解できなければなりません。

最後に「Ⅳ.社会生活」は、「世界のどこに住んでいてもその地域に貢献できるようになる」という力です。国際社会を意識しながら自分のキャリアや人生を設計し、世界中の多様な人とチームを組み、多様な文化を許容しながら仕事をしていくことが、これからの社会では求められていきます。

幼児教育においては、子ども達がクリエイティブな活動やチームワーク活動に関心をもち、成功体験を得られることが何よりも大切。

–これだけ幅広いスキルを学校教育で習得させるのは、とても大変だと思いますが、現在の日本の状況はどうなっているのでしょうか。

日本はACT21Sには加盟していないのですが、似たような形で「未来に必要な能力セット」を定義して、議論をし始めているところです。内容は「21世紀型スキル」に対応している部分が沢山ありますし、教育現場にも少しずつ意識され始めています。人や物や情報が国境を意識することなく行き来している今、日本で教育を受けたからといって、日本で生涯を終えられるとは限りません。他の国でビジネスをすることもあるでしょうし、日本に住んでいてもテレビ会議で海外とすぐに繋がる時代です。色々な概念が日本だけで閉じられることはあり得ないので、日本でも今後は「21世紀型スキル」を意識した形で教育が組み立てられていくことになると思います。

–今後、「21世紀型スキル」で定義されたような能力が求められていく上で、幼児たちはどのような教育を受け、どのようなことを体験すべきなのでしょうか?

まずはっきりさせるべき事は、「21世紀型スキル」は学校教育で育てるという前提で議論されているということです。幼稚園や保育園での教育は、このスキルが育っているかどうかを確認するレベルではありません。ただし、今後は小学校から大学までの間に、このような能力を伸ばす教育が実施されることが増えると考えられるので、就学前の段階から後の教育に繋がる活動をしていく必然性が生まれてくるのではないかと思います。クリエイティブな活動や、主体的に物事を考えるような活動、またチームワークによる活動、ITに触れる活動を、幼児教育の段階でも取り入れていくことが重要でしょう。

ですが、幼児教育で大切なのは「21世紀型スキル」のような能力が実際に育っているかどうかではなく、子ども達がクリエイティブな活動やチームワークといった活動に関心をもち、成功体験が得られることです。子ども達がチームで何かを作り上げた時には、「チームで頑張れた」ことを褒め、「クリエイティブな活動ができた」ことを褒める。子ども達を褒めるときのポイントとして、「21世紀型スキル」が考慮されるということが大事なのではないかと思います。

–そういった活動のなかで、ITはどのように取り入れられていくべきなのでしょうか。

自然な形でITを使いながら、「ITはチームワークやクリエイティブな活動に繋がるものだ」ということを、子ども達自身が理解できるような体験をすることが必要でしょう。更に、国際的なネットワークにつながりながら、多様性を自然に受け入れられるような活動ができると理想的だと思います。

今、教育現場で起きているのは数百年に一度の大きな変革。歴史を振り返りながら、今の子ども達に何が必要かを冷静に見定めることが重要。

–幼児教育の現場でのIT活用には慎重な意見もありますが、先生はどのようにお考えでしょうか。

今教育現場で起きているのは、数百年に一度の大きな変革です。約200年前に印刷技術が登場し、本を読んだり、紙に字を書いたりという現在の学校システムが確立されていきました。マニュアルを読めて報告書を書ける人材がいないと産業が発展しない、という時代の要求のなかで、教育システムが発展していったわけです。そして今、これと同じくらいの変化が、情報通信技術(IT)によって起きています。

今まで当たり前だったものが当たり前ではなくなるのは、誰にとっても不安なことです。その不安が教育現場へのIT導入を躊躇させる原因ではないかと感じています。しかし、よく考えてみたら、今、社会に出て働いている人はほとんどがITを使っているわけです。恐らく「ITを全く使えなくても社会人としてやっていける」と思っている人も、ほとんどいないだろうと思います。働く上でITが必要なことは誰しもが認めているにも関わらず、「将来のために教育にITを位置づける必要がある」というところまでは、社会的認知が至っていないんですね。

まさに過渡期にあるわけですが、歴史を振り返ってみると、過去の日本では学校制度が入って来た時に、今と同じような現象が起きていました。それまで地域コミュニティが担っていた教育の場に、初めて学校というものが登場した時、「どうして家族の仕事の手伝いもせずに、教室で文字を読み書きしなくてはいけないのか」、「生き方はおじいちゃん、おばあちゃんから学べば十分だろう」と、多くの人が現在のITに対して抱えているのと同じような不安が人々の間で生まれていました。ただ、学校で教科書を使って学ぶようになったからといって、おじいちゃん、おばあちゃんから大事な話を聞く必要がなくなったわけではありません。おじいちゃん、おばあちゃんから大事なことを学ぶということの価値がなくなったのではなく、新たな価値が増えたということなのです。

時代は激しく動いており、これからの社会は更に変化していきます。そして、子ども達はそんな未来を生きていかなくてはなりません。生き抜くのに必要なスキルが育たずに困ってしまうのは、大人ではなく、子ども達なのです。今の大人達はもう社会に出て就職しているので、「21世紀型スキル」無しでも生きていけるかもしれませんが、子ども達はそうはいきません。先が見えない時代に生きていくための力を子ども達に与えておきたいという気持ちは、誰しもが持っているのではないでしょうか。「21世紀型スキル」は、完璧な解ではありませんが、現時点では将来必要とされる力に非常に近いものが表現されていると思います。幼児教育の現場の先生方には、時代の流れを冷静に見て、何が必要かをしっかりと見定めて頂きたいなと思っています。

–「そうはいっても、乳幼児にITは早すぎるのでは?」と思う先生方もいらっしゃるのかな、と思いますが、いかがでしょうか。

乳幼児には多様な経験が必要で、ITだけですべてを教育できるわけではありません。ITを活用した教育を行うのと同時に、色々な経験をさせていくというのが幼児教育の大前提です。以前策定した「乳幼児の適切なスマートデバイス利用に関する『5つのポイント』」も是非参考にして頂ければと思います。

この提言のベースとなっているのが、全米乳幼児教育協会のガイドラインですが、アメリカでは既にこのガイドラインの元で乳幼児の教育にITを適切な形で位置づけるための様々な活動が展開されています。もちろん心身の発達との兼ね合いがあるので、「どのような使い方をするべきか」という点については最大限考慮しなくてはなりませんし、慎重になるべき部分もあるかと思いますが、「幼児だからITは使わない」と無条件に決めてしまうのは早急ではないかな、と思います。

教育プロジェクトでは「評価」が非常に大切なプロセス、「KitS」が新しい幼児教育の突破口になるよう、研究者として支援していきたい。

–今回KitSプロジェクトへの参画を決めた理由についてお聞かせ下さい。

「21世紀型スキル」については以前から注目しており、学校教育への導入についても研究を進めてきましたが、実は研究の現場では幼児教育における議論はまだ盛んではありません。幼児教育においては、もともと「創造力」や「チームワーク力」は非常に大切にされてきましたが、これは幼児教育の必然性から生み出されたものであり、「大人になった時に必要だから」という視点で引き出されたものではありません。「創造力」や「チームワーク力」を育てる活動を3歳から5歳という幼児期限定のものとして捉えるのではなく、小学校から大学までの教育で重要な活動になっていくことを踏まえた上でどうあるべきなのか、ということは検討の必要があるだろうと、常々と考えていました。ですから、今回のKitSプロジェクトを通して、「21世紀型スキル」の育成に繋がる幼児教育がどのようなものであるべきかを研究させて頂くのは、とても価値のあることだと思い、参画を決めました。

–KitSプロジェクトにおける先生の役割について教えて下さい。

教育プロジェクトを実施する上で、非常に大事なのが「評価」のプロセスです。しっかりとした狙いを持ってプログラムを設計しているはずなのに、実際にはそうなっていなかったり、意図していなかったところから結果が表れたり、というのは、そのプロジェクトを評価し、反省することで初めて認識できることです。そして、これがプログラムの改善や更なる発展に繋がっていくわけです。「プロジェクトでやりたいと思っていること」と「実際に起こっていること」がどのような関係にあるのか、というのを大学の研究者としてきちんと評価することで、プロジェクトに貢献できればと考えています。

–今回のKitSプロジェクトに期待されていることは何かありますか。

「21世紀型スキル」に繋がるような新しい幼児教育の成功例が生まれ、ITを活用した幼児教育の突破口になる事を期待しています。いきなり「21世紀型スキル」に対応する全活動を行うのは難しいと思いますが、この一年の活動をきっかけに、今後どんどん活動の幅が広がっていくと嬉しいですね。将来的にはこの活動がパイロット園だけではなく、他の園にも普及していくいいですね。

–今後の「幼児教育×IT」の発展については、どのようにお考えでしょうか。

幼児教育のアプリが目先の効果だけを追ってしまうと、「算数ドリル」や「言葉の学習」といったものばかりが溢れてしまうという可能性もあります。もちろんそういった教育も必要ではありますが、「21世紀型スキル」についてお話をした通り、これからの社会では、「ITを『道具』として使いこなして、新しい価値を生み出していく」能力が必要になっていきます。未来を生きていく上で、何が一番大事なのかということをしっかりと踏まえた上で、そのための活動が幼児教育の中に根付いていくといいですね。

ITを「道具」として使うことで様々な発想が生まれたり、素晴らしいチームワークが実現したり、という姿を実際に目にすれば、今多くの人が抱えているような不安や誤解は解けていくような気がします。今はITの影響力に対しての距離感がまだ分からず、タブレットやスマートフォンに触れたら、釘付けになって離れなくなってしまうのでは、という不安があるのだと思いますが、正しく使いこなしていけば、そんなに大きな存在ではなくなっていくはずです。クレヨンもあるし、他の遊具もあるし、タブレットもある。こういう場合には絵の具を使うけど、こういう場合はタブレットを使う、ということをみんなが自然に選べるようになり、それが文化として保育の現場に根付く事を期待しています。

 
東京大学大学院情報学環 教授/NPO法人エデューステクノロジーズ 代表理事
山内祐平氏
東京大学大学院情報学環教授。情報技術を用いた学習環境のデザインについて、開発研究とフィールドワークを連携させた研究を展開。教育工学の立場から、大学・企業・教育現場をつないだ実践的研究プロジェクトを展開するNPO(特定非営利活動法人)、Educe Technologies(エデュース・テクノロジーズ)の代表理事を務める。著書に、「デジタル社会のリテラシー」(岩波書店)、「デジタル教材の教育学」(東京大学出版会)など。
http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/faculty/yamauchi_yuhei